02


「…一人にしてくれ」

今は誰にも会いたくなかった。

「そうか。なら、ここで良い。…拓磨。マキは埠頭の第二倉庫だ。そこへ運ばれたのを月牙が確認した」

「……っ」

「人手がいるようなら俺に連絡を入れろ。それだけだ。じゃぁな、ゆっくり休めよ」

ふっと病室の扉の前から気配が遠ざかる。

告げられた言葉に気をとられた俺は大和の矛盾した言葉には気付かず、ただ…

居場所が…分かった。
マキは埠頭の第二倉庫。

再び目の前に現れたチャンス。これを逃せばきっともう機会は巡ってこないだろう。

だが、俺は……。

「―っ…ぐぅ…」

ベッドから降りようと僅かに体を動かしただけで、体に走った痛みが俺の邪魔をした。

「―っは」

それでも俺は無理矢理ベッドから降りようと、痛みを無視して肢体を動かす。

「はっ…はっ…」

呼吸が乱れ、額に汗が浮かぶ。何とか足を床につけ、立ち上がるために足に力をいれた。

「ふっ―…」

ぎこちなくゆっくりとだが、床に立つ事に成功した俺は病室の壁に左手を付き、重い体を引き摺るようにして扉へと向かう。

「はぁ…はぁ…」

外の気配を窺い、ノブに手を…。

「そんな身体で何処へ行くつもりだ、拓磨」

かける前に、扉は外側から無造作に開かれた。

顔を上げなくても誰だか分かるその声に、身体が強張る。

一分の隙もないダークスーツに強い視線。

「答えろ拓磨」

視線を合わせない事に焦れたのか猛は無理矢理俺の顔を上げさせた。

そして視線が絡む。

「…どうやら冷静さは取り戻したようだな」

「………」

深い闇を思わせる漆黒の冷めた目が、黙り込んだ俺を見下ろす。それでいて口許はゆるりと弧を描き、問うてきた。

「それでもまだ奴を追う気か?」

「…そうだと頷けば行かせてくれるのか?」

猛の真意が読めない。
ここに三輪が居ることを考えれば、ここに連れてきて治療その他諸々をさせたのは猛なのだろう。

何故そんなにも俺に構う?

感情と言う感情を削ぎ落とした声に、猛は瞳を細め、何の前触れもなく俺の首に右手をかけた。

「がっ…ぐっ…―」

壁に押し付けられ、首に絡み付いた指先に気道を塞がれる。

「っぁ…や…めっ…」

唯一持ち上がる左手を持ち上げ、猛の腕に爪を立てた。

呼吸が苦しい。

「……っは…はっ」

尚も平然とした顔で首を絞めてくる猛に、抵抗する自分が無様で滑稽に思えてきて、俺は猛の腕を掴んでいた手から力を抜いた。

何を俺は必死になって…

だらりと重力によって腕が落ちる。じわりと目尻に浮かんだ涙が一筋、頬を伝って落ちた。

「…ぁ…くっ…っ」

だがしかし、緩むことの無かった指は俺の意識が飛ぶ寸前離された。

「っ、がはっ…ごほっ…げほっ…」

一気に入ってきた空気に噎せる。力の入らない体は壁に持たれたまま、ずるずると崩れ落ちた。

「…げほっ、はっ…はっ…」

何をするんだと抗議も含めて猛を睨み上げる。

「その目…」

首に触れていた右手が頬に伸ばされ、親指の腹が左目の目元をなぞる。

「っ、俺に触るな!」

触れられた途端、背筋にゾッとした震えが走り、俺は反射的に頬に添えられた手を叩き落としていた。

「逃げることは許さねぇ。そう言ったはずだ。拓磨」

叩き落とした手に顎を掴まれ、腰を落とした猛の声が至近距離で聞こえる。

「何を…」

「分からねぇのか。これじゃぁお前を生かした後藤も無駄死にだな」

「――っ」

嘲るように唇を歪ませ紡がれた言葉に、言い様のない殺意が沸き、自身が怪我をしてることなど忘れ、俺は握った左拳を振り上げていた。

しかし、その拳が猛に当たることはなく。左腕を掴まれ、猛の言葉は続く。

「何の為に生かされたのかも分からねぇようじゃ、助けねぇ方が…」

「っ…るさい!アンタに言われずともそんなこと俺が一番良く分かってる!――俺が死ねば良かったんだ!」

自身でも思っていた事を他人から指摘され、限界だった心に亀裂が走る。
自分でももう何を言っているのか分からない。
堪えていた言葉が涙と共に溢れる。

「俺が…、俺が邪魔なら邪魔だって言えば良かっただろ!そうしたら綺麗さっぱりお前の前から消えてやったのに!…っもう嫌なんだ!もう誰も俺に構うな、触るな!どうせアンタもいつか俺を捨てる。ならいっそ―…」

ぎりっと強い力で左腕を握り締められ、鈍く走った痛みに言葉が途切れる。涙でぼやける視界に猛の鋭い眼差しが写ったが、もう怖いと感じることは無かった。



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